ドイツの医療事情④ 自然療法が生きるドイツ
ドイツの医療システムにおいて、自然療法は正式な医療行為として重要な位置を占めています。西洋医学と並行して認められ、多くのドイツ人が日常的に利用する治療
法となっています。クナイプ療法やホメオパシー、アロマセラピー、ハーブ療法などの自然療法は、単なる補完的な治療ではなく、医療の重要な一角を形成しており、患者中心のホリスティックな医療アプローチを体現しています。
自然療法の制度的基盤:資格と保険
ドイツでは、自然療法専門家「ハイルプラクティカー」の国家資格が1939年に制定され、医師免許を持たなくても診断や治療を行うことができます。この資格は、ハイルプラクティカー法に基づいており、解剖学、生理学、病理学などの西洋医学の知識や関係法規、実技試験などが含まれています。2023年の統計によると、約47,000人の自然療法士が活動し、毎日約128,000人の患者が彼らの診療所を訪れています。
民間医療保険の多くが自然療法をカバーしており、クナイプ療法のような伝統的な治療法は、医師の処方箋があれば長期滞在型の治療も保険適用となるため、ドイツでは自然療法を比較的容易に利用することができます。
クナイプ療法のひとつである水中歩行
自然療法の歴史的・文化的背景
ドイツにおける自然療法の隆盛は、19世紀末から20世紀初頭の生活改革運動と深く結びついています。産業化や都市化への批判的な視点から生まれたこの運動は、自然で健康的な生活様式を重視し、自然療法の発展を促しました。しかし歴史的にはさらに古く、12世紀にまで遡ります。その象徴的な存在が、「自然療法の母」と呼ばれるヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)です。ヒルデガルトは中世ドイツのベネディクト会系女子修道院長であり、神秘家、作曲家でした。
彼女は医学・薬草学に精通し、ドイツ薬草学の祖とされています。ヒルデガルトの薬草学の書は、20世紀の第二次世界大戦時にオーストリアの軍医ヘルツカにより再発見され、現代の自然療法にも大きな影響を与えています。
19世紀には、ドイツ人医師ザムエル・ハーネマンがホメオパシーを提唱し、また神父であり自然療法士であったセバスチャン・クナイプが水や植物を用いて自然治癒力を引き出すクナイプ療法を考案しました。クナイプの著書『Meine Wasserkur』(私の水療法)は1886年に出版されベストセラーとなり、自然療法の普及に大きく貢献しました。
ドイツの自然療法重視の背景には、近代西洋医学の反省すべき点について国民の理解が深いという事情もあります。ドイツ人は自然界のものを利用して治療したいという強い願望を持っており、「体に優しいわりに良く効くものがあるはずだ」という考えが広く浸透しています。2015年には、クナイプ療法がユネスコ無形文化遺産に登録され、ドイツの自然療法の文化的価値が国際的にも認められました。
このように、ドイツの自然療法は長い歴史と文化的背景を持ち、西洋医学への批判的な態度と、自然治癒力を重視する伝統的な価値観が融合して発展してきました。現代でも、健康に対するホリスティックなアプローチとして高く評価され、ドイツの医療システムの中で重要な役割を果たし続けています。